大切な人を守るために―。 痛みのない乳がん検診を、もっと多くの方へ。【放射線専門医/医学博士 高原太郎】

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今、女性に優しい「無痛MRI乳がん検診」が注目されています。痛くない・恥ずかしくない・放射線ゼロ・発見率が高い…。そんなまったく新しい乳がん検診を実現させているのが、MRIを活用したがん診断法『ドゥイブス法(DWIBS法)』を開発した、高原太郎医師。多くの女性が安心して精度の高い乳がん検診を受けられるよう、普及活動に力を入れながら研究を続けています。開発への想い、そして医師および研究者としての素地が養われた少年時代について、お話を伺いました。

必要な検査を、必要としている人に届けたい。

─先生は、無痛MRI乳がん検診『ドゥイブス・サーチ』を考案され、受診できる施設を全国に広めようとされています。どのような検診方法なのでしょうか?

乳がんは急速に増えており、女性がかかるリスクは9人に1人になっています。今後はさらに増え、7人に1人にまでなると言われています。早く発見できれば治りやすい病気ですが、実際にはたくさんの方がかかっており、30~64歳の女性の死亡原因のトップは、乳がんです。早期発見のためには、定期的ながん検診が必要ですが、日本の乳がん検診率は47.4%(※1)。「ピンクリボン運動」など啓発活動の効果もあり、ここ10年で上昇はしていますが、死亡率を低下させるには、70%の受診率が必要だと言われています。まだまだ足りません。

ご存知のように、現在、乳がん検診の主な手法はマンモグラフィです。ただ、「痛くてつらい」「恥ずかしい」と感じている女性は多く、それが定期的な検診から足を遠ざけている要因になっています。また、マンモグラフィによる検診は、完璧にがんを発見できるわけではなく、高濃度乳房(※2)の方は見落としてしまう可能性もゼロではありません。痛みがなく、恥ずかしい思いをせず、気軽に受けられる。かつ、精度が高い検査を実現したい。その想いで開発したのが、無痛MRI乳がん検診『ドゥイブス・サーチ』です。

『ドゥイブス・サーチ』による検診では、胸を圧迫せずに、うつぶせの姿勢で撮影を行います。痛みはありませんし、服を着たまま受診できるのも大きなメリットです。また、X線による被ばくの心配もありませんし、検査の精度はマンモグラフィの約3.5倍というデータもあります。今では全国45の施設で受診できますが(※3)、今後はもっと全国に増やしていき、数十万人が受けられる規模に成長させたいと思っています。

※1…2019年国民生活基礎調査 ※2…乳腺組織がよく発達した状態の乳房のこと。マンモグラフィでは全体的に白い塊のように写し出されるため、病変が見つけにくいとされている。 ※3…2023年4月現在

─まさしく女性に寄り添った、安心して受けられる乳がん検診なんですね。

特にお母さんというのは、自分よりまず家族のことを優先に考えるものです。家計や時間のやりくりにおいて、自分のことはどうしても後回しにしがち。ただ、乳がんは働き盛りや子育て世代が最もかかりやすく、もし母親が長期にわたって治療が必要となると、家庭にとって大きなダメージとなります。早期に発見できれば、治療後1か月で職場や家事に復帰することもできるため、定期的な乳がん検診で状態をチェックすることが大切なんです。この「痛くないMRI乳がん検診」をもっと多くの方に届けるために、WEB上でクラウドファンディングを行い、ギフト券として女性にプレゼントできるような仕組みを作りました(※4)。夫やパートナーなど、周りにいる人たちが女性の身体を気にかけ、検診を後押ししてあげるような文化を作ることに意義があると考えています。

 ※4…2023年4月サービス開始

MRIとの運命的な出会い。「新しいことにはチャンスがある」

─先生は、技師(撮影)・医師(診察)・研究者として、幅広い活躍をされています。『ドゥイブス・サーチ』の開発までは、どのような道のりを歩んでこられたのでしょうか?

私の医師としてのキャリアは、小児科からスタートしました。多忙な日々を送る中、医師になって2年目の頃、日本に輸入されたばかりのMRI(磁気共鳴画像診断装置)を目にする機会があったんです。もともと自分は、「超理系タイプ」の人間。根っからの理系思考でメカに興味があるものですから、このMRIとの出会いにものすごく運命的なものを感じました。「自分がやるべきことは、これだ!」とビビッと来て、もう夢中になりましたね。その結果、本来ならそのまま小児科医としての道を歩むところを、思い切って放射線科医に転科することにしたんです。

MRIは、今でこそ広く知られていますが、当時は何もかもが初めての最新装置でした。英語で書かれた分厚い専門書を買ってきて、わからない単語を一つ一つ辞書で引きながら、必死で勉強しましたね。研修医には本来遠いはずの装置ですが、たまたま就職した大学は人が少なかったこともあり、その県で初めて導入されたMRIをこの手で触って動かす幸運を得ました。技師さんに混じってトレーニングを受け、果てしなく撮像できる喜びに浸りました。

まさしく、運命的な出会いだったんですね。

「医師であり、技師である」という状態を続けることができたのは、とても貴重な経験でした。これがきっかけで、その後ずっとMRIの研究を続けていくことになります。すべての画像診断を学ぶ傍ら、「こうやったら撮影できるのではないか?」というアイディアを考えついたら、すぐに実行してみる。これは本当に楽しい仕事でした。

やがて、拡散強調画像(DWI)というものが出現し、急性期脳梗塞の早期診断ができるようになっていきます。それをいろいろ工夫して改良することで、全身のがんスクリーニングをできる方法を考えました。それが、全く新しい画像診断法『ドゥイブス法(DWIBS法)』です。ただ、当時の乳がん診療ガイドラインでは「拡散強調画像によるスクリーニングは無理」と書かれていたので、新しい手法はすぐに認められたわけではありませんでした。いろいろな批判もあって、辛い思いもしました。それでも、撮影と診断の両方ができる自分だからこそ「絶対にそれは無理ではない」と信じることができたんです。

やがて、2018年にそのガイドラインは消滅し、無痛MRI乳がん検診『ドゥイブス・サーチ』を本格的に世に広める活動ができるようになりました。大学発のベンチャー企業を創設したのもその頃です。やっぱり、新しいことにはチャンスがあるんですね。

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