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発展 「さなる旋風」巻き起こる

浜松市から県下全域へ、「さなる旋風」巻き起こる

hamamatsu

理事長の教育観・人生観に惹かれ共感した、同志たる教師たちの情熱的な指導により、浜松市では「さなるパワー」が爆発。生徒数はウナギ上りに増加を続け、数年のうちに3,000名に達しました。市内全域の優秀な生徒が、ほとんど全て佐鳴に通うという状況が作り出されたのです。

そして昭和59年、佐鳴は静岡県全域に「さなるの輪」を広げる方針を決定。

まずは静岡市に本部を設置し、静岡・清水に分校展開を開始。翌年からは磐田・袋井・掛川と、県西部に展開を続けました。さらに東部地区に翼を広げ、沼津・三島に進出。昭和62年の秋には生徒数が10,000名を突破、一挙に静岡県ナンバーワンの私塾となりました。

「佐鳴は、これでもかこれでもかと生徒に勉強を詰め込む場所ではない。彼らに将来の希望を持たせ、やる気と向上心を持たせることを目的としている。高校受験は、子どもたちにとってまたとない成長の場だ。そこから逃げずに挑戦を続けることによって、より高い次元への飛躍が実現できる。教師はその意義を説くとともに、強い指導力で彼らの能力を開花させようと導いてやらなくてはならない。受験を通じ、人生を教えるのである。」

「われわれの仕事は、教育を通じてこの世の中の発展を願うものである。殊にいじめや登校拒否、若年層の非行など被教育者の精神的な歪みを目の当たりにすれば、日本の教育をより高い次元に引き上げることを願わないものはいないはずだ。教育界に革命的刷新をもたらすためには、莫大なエネルギーが必要だ。佐鳴は、一私企業的な利潤追求のみを目的として発展するのではない。われわれの意見を広く世論に問うために、強大な力が必要なのである。」

子どもたちの進学や将来について真剣に取り組み、教師の指導力に何より重きを置いて教育を見つめる佐鳴に、期待と信頼が集中したのは、いわば時代の趨勢でした。